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北海道の縄文遺跡 史跡音江環状列石を見に行く

北海道にも長い歴史はある

明治維新前の北海道は「蝦夷地」とよばれる未開の地で、明治に入ってからようやく人々が入植した新しい土地であるという認識があると思う。
それまでの蝦夷地はアイヌの人々たちの天下であったことは皆も知っているところだと思うけれど、そんな道内でも先史以前に人々が暮らしていた痕跡が発見されていることはあまり知られていないのではないだろうか。

北海道には、数万年前の氷河期の時代から人々の暮らしがあったと言われている。マンモスを追ってシベリアからやってきた人々だ。
その後、温暖な時代に入ってからは、本州からも渡ってきた人々が住み着いた。約2万年前の旧石器時代のことだ。
千歳にある三角山遺跡や上士幌町の嶋木遺跡が、いまのところ最古の遺跡だと言われている。
札幌近郊にも遺跡はあって江別には古墳群もある。
北海道は、別に新しい土地ではなく人々の暮らしは数万年も続いているのだ。

そんなことを言いながらも、いままで北海道の近代史には興味があっても古代のことは全く知らなくて、Wikipediaで調べていてる自分なのだけれど、たまたま史跡に立ち寄ってみたので、こんなことを記事にしてみています。

国の史跡 音江の環状列石

札幌市と旭川市を結ぶ国道12号線の滝川と旭川のほぼ中ほどにこの史跡がある。
1928年(昭和3年)、北海道指定の史跡に指定され、1956年(昭和31年)、国の史跡に指定されている「音江環状列石」に、初めて行ってみました。


地図で見ると、国道からまっすぐ南の方へ歩いて行くとすぐたどり着けるかと思ったら、登る登る。坂を登って、階段を上って。
自転車での通りすがりだったので結構堪えましたわ。あとで地理院地図で確認したら標高約50mから113.5mまで一気に上がってました。
駐車できるのは国道から入ってすぐのところに数台分。自転車は駐車場横に置いて歩きました。
(このGoogle Mapsでの「音江環状列石」の位置が間違ってるのに気付いた。ほんとうはもう少し東の森(山)の中。Googleに修正依頼したけれど反映されるでしょうか?==後日追記;修正されました!

Otoe Stone circle

Otoe Stone circle

Otoe Stone circle

Otoe Stone circle

Otoe Stone circle

Otoe Stone circle

Otoe Stone circle

「環状列石」とは「ストーンサークル」のこと。世界各地に同様の遺跡がある。
ここのは、看板に記されている通り、縄文時代後期のお墓。
縄文時代の後期は、少なくとも2,300年以上前ということ。
2,300年以上も前の人たちがここにいた。暮らしていた。この石を並べていた。

北海道は新しい土地なんかじゃない、縄文以前からの人々、そしてアイヌの人々が長い間この地で生活していたんだ。
彼らも空を見上げて、この風景を眺めていたのだろう。
この地に立って、そう思うとすごく感慨深いものがある。

Otoe Stone circle

Otoe Stone circle

道内にあるほかの史跡も訪れてみたくなった。
 Wikipedia 北海道・東北の史跡一覧

興味が湧いてきたので、こんどは忍路の環状列石も訪れてみたい。

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